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大阪地方裁判所 昭和42年(行ウ)3号 判決

原告 則藤信義

被告 住吉税務署長

訴訟代理人 陶山博生 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  申立

1  原告

「被告が原告に対し昭和四〇年一〇月七日付でした、原告の昭和三九年分所得税の更正処分ならびに過少申告加算税の賦課処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

2  被告

主文と同旨の判決を求める。

二  主張

1  請求原因

(一)  原告は大阪市住吉区中加賀屋町二丁目四〇番地の加賀屋公設市場内に店舗を有し、果物小売業を営んでいる者であるが、被告に対し昭和三九年分の所得税につき、総所得金額を金五八五、〇〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は昭和四〇年一〇月七日付をもつて、原告の総所得金額を金一、三三二、九一一円とする更正処分および過少申告加算税七、三五〇円の賦課処分をした。原告はこれに対し異議申立および審査請求をしたが、いずれも棄却された。

(二)  被告の本件処分にはつぎの違法があるから、その取消を求める。

(1)  原告の昭和三九年分の総所得金額は確定申告のとおりであり、被告は原告の所得を過大に認定している。

(2)  原告は大阪市住吉区内の零細商工業者がその生活と営業を守るために組織している住吉商工連合会(以下住吉商工会または単に商工会と略称する)の会員であるが、税務当局は商工会活動を敵視し、全国的にその破壊工作を進めてきているのであつて、被告の原告に対する本件処分は、住吉商工会の組織破壊の目的を達成するため、その手段としてなされたいわゆる他事考慮に基づく処分で、違法である。

(3)  また、被告は、原告が住吉商工会員であることから、原告に対し不当な予断偏見を抱き、商工会の指導のもとに故意に少額の申告をしたものときめつけ、悪意に満ちた調査を一方的に行ない、自主申告をふみにじつた違法がある。

2  被告の認否

請求原因第(一)項を認め、第(二)項を争う。

被告の本件処分は、租税行政の本来の目的の一つである過少申告の是正を目的としてなされたものであり、他事考慮、予断偏見等の非難を受けるいわれはない。

3  被告の主張

(一)  原告の総所得金額(事業所得の金額)は、以下の計算により金一、六三七、八八三円となり、原処分を上回る。

(1)  収入金額 金一〇、四三一、六五六円(推計)

(2)  売上原価 金七、九九五、八六五円

原告の昭和三九年中の仕入金額は合計金七、九九五、八六五円であり、期首期末の棚卸高は特段の事情のないかぎり同額と推認されるので、右仕入金額をもつて売上原価と認めた。

(3)  算出所得金額(特別経費控除前の所得金額) 金一、六九六、一八七円(推計)

(4)  特別経費 金五八、三〇四円

(5)  事業所得の金額((3) から(4) を差引いた額) 金一、六三七、八八三円

(二)  右のうち(1) および(3) については、原告が収入および一般経費に関する記帳をしていなかつたため、実額を把握することができなかつたので、同業者の調査により得られた原価率および所得率により推計をした。すなわち、大阪市の公設市場で果物小売業を営む青色申告者のうち、昭和三九年の途中で開廃業した者や、他の業種を兼業しあるいは公設市場外にも果物小売店舗を有していてこれを区分計算できないなどの特殊事情のある者を除いた別表記載の七名につき、それぞれ確定申告書に添付された決算書により差益率、所得率を計算した結果は別表のとおりであり、その平均は差益率が二三・三五パーセント(したがつて原価率は七六・六五パーセント)、所得率が一六・二六パーセントである。そこで、前項(2) の売上原価を平均原価率〇・七六六五で除して(1) の収入金額を求め、これに平均所得率〇・一六二六を乗じて(3) の算出所得金額を計算した。

(三)  原告の後記答弁に対する反論

(1)  公設市場の等級は市場の使用料をきめるためのものであり、使用料の決定には市場の立地条件が大きな要素をなしていることは確かであるとしても、立地条件が差益率や所得率にまでかかわりをもつとは考えられない。

(2)  原告は地域の同業者数を比較するについて画一的に八万平方米という一定地域面積を限定しているが、この面積のとり方には経済的意義が認められないばかりでなく、各公設市場の購買圏の大きさの差異を考慮しない対比は何の意味もない。また、加賀屋公設市場は、別表記載の六公設市場のうち九条、泉尾、曽根崎、平野の各公設市場と同様に商店街に位置し、公設市場と商店街が一つの経済体として認識されているのであり、このような態様のものについては、公設市場のみを中心にして購買圏を観念すべきでないが、かりに公設市場のみの購買圏を観察しても、加賀屋公設市場は別表記載の六公設市場と比べれば、購買圏の大ききは上位にあり、その周辺の同業者数を対比するまでもなく、立地条件においてすぐれている。さらに果物商には、店舗を構える者のほか、随時軒先を借りあるいは自動車等を使用して移動販売する者などがあり、原告の主張する同業者数が全体的な果物小売業者の実数とはいえず、原告の主張は実情を無視したものである。

(3)  果物は一般市民が日常購入するもので、どの公設市場でも品種品質に大差はない。顧客一人当りの果物購買金額をみても、加賀屋公設市場は別表の六公設市場に比し大体中位にある。その他とくに加賀屋公設市場の客筋が他に比べて悪いというような事情はない。

4  被告の主張に対する原告の答弁

(一)  仕入金額と特別経費を認め、収入金額、算出所得金額、事業所得の金額を否認する。

(二)  被告の主張する同業者率による推計は、同業者の選択が適切でなく、合理的な推計とはいえない。すなわち

(1)  大阪市の公設市場は、その立地条件や営業成績により一等から四等までの四段階に区分けされているが、昭和三九年当時別表記載の六公設市場はいずれも一等であつたのに対し、原告の所属する加賀屋公設市場は三等であり、立地条件や営業成績の劣つていることがいわば公認されていた。

(2)  各公設市場を中心に約八万平方米の地域内に存在する果物小売業者の数を比較してみると、加賀屋公設市場周辺の同業者数は一八軒であるのに、別表記載の各公設市場においては、最高でも九条公設市場周辺の一一軒、最低は桜川公設市場周辺の三軒にすぎず、加賀屋近辺ほどに競争が激しくない。競争者が多いほどこれに対する対抗上安売りを余儀なくされ、差益率は低下する。

(3)  各公設市場のおかれている地域の特質から生ずる客筋の差異をみるに、北区、西区、浪速区等は大阪市の中心部であり、とくに曽根崎公設市場の周辺は料理屋、喫茶店のような高級果物の需要者が軒を並べているのに対し、加賀屋周辺は低賃金で働く労働者、一般庶民が多く、また流れ者が相当数を占め、いわゆる柄の悪い地域であり、別表記載のどの公設市場よりも客筋が劣る。客筋がよく高級品が店頭をにぎわすことの多い市場と、客筋が悪く庶民の果物が大半を占める市場との差異を無視することはできない。

三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第(一)項の事実(本件処分の存在)は当事者間に争いがない。

二  所得金額について

1  原告の昭和三九年中の仕入金額が金七、九九五、八六五円であることは当事者間に争いがなく、期首と期末の棚卸高が同額であることは、原告が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなされる。そうすると右仕入金額が昭和三九年の売上原価となる。

2  つぎに収入金額と算出所得金額の推計の当否について判断する。

(一)  〈証拠省略〉の結果によれば、原告は昭和三九年当時営業上の収入および一般経費に関する帳簿を備えず、何も記帳していなかつたことが認められるから、これについて実額を把握することができず、推計によりこれを算定する必要があつたことは明らかである。

被告は、大阪市の公設市場で果物小売業を営む同業者七名の調査から得られた差益率、所得率による推計を主張するが、この推計方法自体は一般的に承認された合理的な方法であり、問題はその基礎資料とした同業者の選択の当否にある。

(二)  〈証拠省略〉によれば、別表記載の同業者七名は、同表記載の各公設市場で果物小売業を営む青色申告者であつて、昭和三九年の途中で開廃業するとか、他の業種を兼業しあるいは公設市場外にも果物小売店舗を有してこれと区分計算できないなどの特殊事情のない者であり、その昭和三九年中の収入金額、差益金額(収入金額から売上原価を差引いた金額)、算出所得金額(特別経費控除前の所得金額)、差益率(差益金額の収入金額に対する割合)、所得率(算出所得金額の収入金額に対する割合)はそれぞれ同表記載のとおりであることが認められる。

ところで、〈証拠省略〉の結果によれば、大阪市の公設市場は大阪市設小売市場規則(昭和三九年大阪市規則第六二号)に基づき、一等を最上級とし四等を最下級とする四等級に区分されていて、昭和三九年当時、原告の所属する加賀屋公設市場は三等に、また別表記載の六公設市場のうち、曽根崎、九条、桜川、鯰江は一等、平野は二等、泉尾は三等にそれぞれ格付けされていたこと、この等級は市場の使用料の基準となるものであつて、建物の価格を中心とし、入場人員数、売上金額、周囲の環境その他の立地条件等の要素を加味して定められていることが認められ、これに反する証拠はない。してみると、市場に属する業者の営業成績はその市場の等級と必ずしも無関係ではありえないことが容易に推測されうるのであつて、このことは別表記載の六公設市場七業者の営業成績の検討からも裏付けられる。すなわち、右七業者の差益率、所得率とその市場の等級との関係をみるに、等級一等の市場に属する業者は概して差益率、所得率が高く(曽根崎、鯰江についてとくにそれが顕著である)、等級が下位になると差益率、所得率も下がつてくる関係にある(三等の泉尾公設市場に属する番号2の業者は差益率が七名中最低である)ことが認められる。このように、市場の等級と市場所属の業者の差益率、所得率とが関連性なしとしないものであるとすると、市場の等級を考慮に入れることなしに七名の同業者を選び、その差益率、所得率を単純平均して原告にあてはめることは、合理的な推計方法とはいいがたいことになる。

(三)  そこで本件については、原告の属する加賀屋公設市場が等級三等であつたことにかんがみ、別表記載の七業者のうち、等級三等の市場に属し、かつ差益率、所得率を総合勘案して収益性の最も劣つていると認められる番号2の業者(泉尾公設市場)の差益率一八・六六パーセント(七業者中最低である)、所得率一四・六五パーセント(七業者中第四位であるが、上位三者からは著しく隔たり、下位三者とは大差がない)に基づいて原告の収入金額等を推計するのが相当である。

原告は、市場の等級のほかに、地域の同業者数および客筋の差異をも指摘する。なるほど〈証拠省略〉によれば、加賀屋公設市場の周辺には泉尾公設市場周辺に比し果物小売店が多く、市場自体の中にも、前者には原告を含め二店が入つているのに、後者には一店しかないことが認められ、前者の方が厳しい競争関係にあるように見えるけれども、同業者数の比較は地域の購買圏の大きさを考慮に入れなければならないところ、〈証拠省略〉によれば、大阪市経済局が昭和三九年九月一日に実施した調査では、加賀屋公設市場の入場顧客数九、二〇九人、果物売上高六七、〇〇〇円、泉尾公設市場の入場顧客数五、二八四入、果物売上高三七、八五〇円であることが認められ、このことからしても加賀屋公設市場の購買圏は泉尾公設市場のそれよりもかなり大きいことが推認できるのみならず、右調査結果から入場顧客一人当たりの果物購買金額を計算すると、加賀屋が七円二七銭、泉尾が七円一六銭で、ほとんど相等しいのであり、地域の同業者数の多寡が収益に格別の影響を及ぼしているとも認めがたい。また、右の事実に照らし、加賀屋の客筋が泉尾よりも劣るとも考えられず、他にそのようなことを窺わせる何らの資料もない。

よつて、別表の番号2の差益率一八・六六パーセント(したがつて原価率八一・三四パーセント)、所得率一四・六五パーセントを原告に適用し、原告の昭和三九年の収入金額および算出所得金額を求めると、次の算式により、収入金額は金九、八三〇、一七五円、算出所得金額は金一、四四〇、一二〇円となる。

7,995,865÷(1-0.1866)= 9,830,175

9,830,175×0.1465 = 1,440,120

3  特別経費が金五八、三〇四円であることは当事者間に争いがない。

4  そうすると、算出所得金額一、四四〇、一二〇円から特別経費五八、三〇四円を差引いた残額一、三八一、八一六円が原告の昭和三九年における事業所得の金額であり、これは被告の本件更正額を上回る。

三  原告のその他の主張(他事考慮、予断見)について

〈証拠省略〉によれば、原告は大阪市住吉区内の零細商工業者が組織する住吉商工会の会員であるところ、当時各地の商工会は所轄税務署との間に、集団申告の是非、税務職員の国税調査の方法の当否、商工会員の税務妨害の有無等の問題をめぐつて対立関係にあつたことが認められる。しかしこの事実から直ちに、本件処分が住吉商工会の組織破壊を目的としてなされたとか、原告に対する不当な予断偏見に出たものであるということはできないし、他にそのようなことを認めるに足る証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

四  よつて、被告の本件処分に違法はなく、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

別表〈省略〉

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